古舘寛治とgiftedたち

ゲスト:深田晃司さん

ゲスト:深田晃司さん

「『淵に立つ』のようなオリジナルのつくり方は、演劇から学んだ」

公開日:2017.6.10

映画『淵に立つ』コンビ、再び! 古舘寛治が才人(gifted)と語る対談シリーズ第四弾は、映画監督・深田晃司さんがゲスト。青年団では古舘と同じ釜の飯を食い、その後もほとんどのサンプル作品を観続けてきている深田さん。深田作品の多くに出演している古舘との間で、オリジナルなものづくりを追求してきた二人ならではの対話が繰り広げられた。

古舘

演劇なんてつまらないと思っていた(笑)。

深田

特に“シネフィル”と呼ばれるような頑迷な映画至上主義者だったので、正直、映画以外の分野を低く見る向きが強かった。特に演劇にかんしてはそうだったんですが、青年団の舞台を観て、これまで観ていた芝居とまったく違うものがここにある、と本当に衝撃を受けました。誰も大きい声で喋らなければ泣きもしない、感動もさせないし音楽も流れない――2003年に初めて青年団を観て、入団する2005年までの2年間ぐらいは、ひたすら観に行っていました。

古舘

それで深田君は演出部として青年団入りを果たし、僕は既に2001年に青年団に入っていたので、そこで出会った。深田君は青年団の企画として2008年に映画『東京人間喜劇』をつくったわけだけど、舞台の演出をやる可能性もあったんだよね? だって僕、深田君から企画書を見せられて、オファーされた記憶があるもの。

深田

そんなこともありましたね(笑)。実は入団する前の2004年にも、“青年団のような映画をつくりたい”という思いがあって、青年団風の芝居で『Home Sweet Home』という自主映画を撮っているんです。ただ、UPLINKで一度上映しただけで封印しているくらいうまくいかず、これは中に入らなきゃ分からないぞ、と。
それでチラシにあった演出部募集の情報を見て、応募したわけです。それでもさすがに、「演劇もやります」と言わないと入れてくれないんじゃないかと思い、面接でもそう話したような……オリザさんも特に断る理由がなかったんじゃないでしょうか(笑)。ですから、最初の頃は真面目に若手自主企画のために演劇の脚本を書いて、古舘さんにも読んでもらって、オファーまでしていたんだと思います。

古舘

あらすじくらいのものしかなかったけれども、けっこう面白かった記憶があるんですよね。それでやるつもりでいたら、なぜか映画をやることになっていて……というのが僕の記憶(笑)。

深田 画像

深田

演劇のタイトルだけは覚えていますね、『怪獣の夜』という……なぜ企画が立ち消えになったのかまったく記憶がないんですが、映画をつくりたいという思いが強まって、映画の企画をオリザさんにもゆるしてもらったのでは。
古舘さんといつ初めて話したのか、演劇にかんしてどの段階でオファーしたのかは定かでないんですが、古舘さんをハッキリ俳優として意識したのは、2005年の『ワールドプレミア』です。

古舘

まだ正式にサンプルという劇団になっていない、青年団若手自主企画の頃ですね。僕たちの作品としては2004年の『通過』に継ぐ第2弾でした。

深田

『通過』はまだ青年団入団前だったので観れなかったのですが、『ワールドプレミア』をアトリエ春風舎で観た時、もうめちゃくちゃ面白くて。古舘さんはネズミ男になって、壁をよじ登ったりしていて。

古舘

懐かしい! そんなこともやってたね(笑)、演じていても面白い作品でした。

深田

それで古舘さんの面白さにも気づきました。古舘さんも出演された、2006年の青年団『ソウル市民・昭和望郷編』という作品で演出助手をしていた時には、既に映画を撮る意識で俳優さんを見ていて。それで古舘さんには、『怪獣の夜』オファーを挟んではいますが、改めて2008年の『東京人間喜劇』に出演をお願いした、というわけです。

古舘

それが約10年前の話。そう考えると、昨年『淵に立つ』でカンヌに行く監督になったというのは感慨深いなあ(笑)。撮影環境は少しずつ変わってきたんでしょうか。2011年に出させてもらった『歓待』は撮影期間が8日間くらい、2013年の『ほとりの朔子』が10日間くらいだったと思うけど。2015年の『さようなら』は出ていないですが、どうだったんですか?

構成・文:宮田文久
写真:高野由香里