古舘寛治とgiftedたち

ゲスト:土井裕泰さん(TBS)

ゲスト:土井裕泰さん(TBS)

「『カルテット』は、観ている方の“想像力”に訴えかけたかった」

公開日:2017.6.9

古舘寛治の対談シリーズ第3弾は、『重版出来!』や『カルテット』を手掛け、『逃げるは恥だが役に立つ』にも参加したTBSの名物ディレクター、土井裕泰さん。今もっとも世間の心を掴んでいるドラマの名手は、意外にも「わかりにくさ」を大事にしているという。さらに、若き日に演劇に身を投じた“秘話”の数々も披露してくれた。

土井

はい、ものをつくるという作業に直接かかわりたいのだとすれば、プロデューサーか、演出をするディレクターという選択肢になってくる。僕は現場にいる方が多分向いているだろうなという思いがあって、他の選択肢はあまり考えなかったですね。ただ、一般職として採用されるので、希望は出しますがどこに配属されるのかは分からない。報道やバラエティー、歌番組、あるいは経理や営業も含めていろんな可能性がありました。そのなかで運よく、僕は2年目から希望のドラマ部に配属され、気づけば今年で28年もずっと現場にいるんです。

古舘

土井さんの作品は、『逃げ恥』でご一緒した後、すごく観るようになりまして『カルテット』はもちろん、『重版出来!』も、本当に面白かったです。

土井

ありがとうございます。

古舘

映画も撮っていらっしゃいますが、ドラマと映画の違いというものはありますか。

土井

撮影の時間感覚は開きがありますが……でも、さほど大きな違いはなくなってきているようにも思います。映画もデジタルで撮るようになり、機材や撮影手法の面で同じになってきたことは大きいですね。ネット配信のコンテンツや、さらにBS・CSといったチャンネルがあるので、制作本数も増えましたから、映画畑のスタッフがテレビに関わることも普通になりましたし。

古舘

作品をつくるとき、指針として意識されていることはあるのでしょうか。僕は『ふぞろいの林檎たち』や『北の国から』、あるいは『男女7人夏物語』などで知られる鎌田敏夫さんの作品を観て育った人間なので、あまりに“分かりやすい”テレビドラマを観ると、どうしても違和感を抱いてしまうたちでして……。

土井

おっしゃることはよく分かります。僕もなるべく観ている方の“想像力”に訴えかけてものをつくりたいな、と思っています。特にテレビドラマは、日常生活のなかで片手間に観てもらっても伝わるようにしなければいけないので、情報をある程度わかりやすく伝えていかなければいけない面はある。しかし、たとえば70年代の向田邦子さんの脚本を読み返すと、ビックリするくらい、人間というものの“意外性”と言いますか、普通に生きている人なのに何を考えているか分からない、人間の多面性がちゃんと描かれている。
そして、そうやって人間の色々な「面」をきちんと描けば、そのなかにサスペンスもミステリーもラブストーリーも、全部含まれているんですよね。古舘さんが主演された映画『淵に立つ』の、日常生活に内在している不穏な空気も他者に対するわからなさが前提ですよね。それにも通じるものだと思います。
『カルテット』はまさに、どこに向かっているのか不明な、そこにいる人物が本当はどういう人だかわからないというところから始まるドラマを、脚本家の坂元裕二さんと一緒につくっていった作品でした。もしかしたら、ドラマのつくり方の“原点”に還っていっているのかもしれないです。「意図的に噛み砕かない」ということを自分に課して演出していましたね。

古舘

今お話を伺っていてふと思ったんですが、テレビドラマは撮影が始まったときに、最後まで脚本は書きあがっていないですよね? ディレクターの方は一応シノプシスで最後まで大まかな流れは分かっていて撮り始めるのだと思いますが、まさに「まったくどうなるかわからない」まま撮影が始まることもあるのでしょうか。

土井

もちろん、あります。『カルテット』は最初、主役の4人の半生について、1人につきペラ10枚ほど坂元さんが書かれたものが用意されていましたが、クランクインのときは3話までしか台本はありませんでした。ここが連続ドラマの面白いところで、坂元さんも毎回、出来上がった映像を観て、脚本と役者の化学反応を確認しながら先の話に反映させていくんですよね。キャラクターの意外な側面が回を追うにつれ描かれていくこともあって、そうした思いも寄らぬ方向へ進んでいくことも連続ドラマの醍醐味だと思います。
それは撮影現場にも言えることで、『逃げ恥』で古舘さんには、古田新太さん演じる沼田頼綱が通う、バーのマスター「山さん」を演じていただきましたよね。最初の撮影のとき、カウンターのなかにあった椅子に古舘さんがすっと座った瞬間、覚えていらっしゃいますか?

古舘

あ、ありましたね! 「ちゃんと椅子を置いてくれてる」って思いました(笑)。

古舘 画像

土井

あのバーのセットを初めて見たとき、「奥の角に一脚、ちょっと高い椅子を置いてみてもらえますか」と美術さんに頼んだんです。そして古舘さんが現場入りされたら、自然とそこに座られた(笑)。いや、本当に、それだけでそこにひとつ“世界”ができたな、という感触がありました。撮影時間がタイトなぶん、俳優さんがグッと、この作品の世界に一瞬で入ってこれるような、いろんな可能性を考えておくことは大事なことなんじゃないかと思っているんです。

古舘

ありがたいことです。まさにそこが俳優の難しいところで、初めて行く場所なのに、一瞬で“自分の場所”にしなきゃいけないわけじゃないですか。

土井

そうですよね、「山さん」にはあのバーで過ごしている長い年月がある。

古舘

それこそ仕事場であったり、その役の人間の自宅だったりすると、常にずっとそこで生きてきた“自分”がいるわけだから、リラックスできる場所が絶対に必要になる。それを見つけるのが、現場に入ったときの最初の仕事のひとつです。役の人物が初めて訪れる場所だったらそんなことは考えなくてもいいのですが……その意味でバーカウンターのなかにある椅子は、「あ、置いてくれてる!」と嬉しくなりました(笑)。

土井

そうした“世界”が立ち上がる瞬間があったからこそ、古田新太さんとの絶妙な距離感も生まれていったのだと思います。古舘さんのように舞台などで多くの経験を積まれてきた俳優の方は、セリフを叩き込んで何度も練習し、イメージをガチガチに固めて現場に来る……ということがないんです。台詞は全部入れた上で、作品の世界でどう動くのかという部分はまったくフリーにして現場に来てくださる。 あと、これは演劇を途中で離れた人間が言うのはおこがましいのですが、舞台というのは、本当に「訳がわからないけどすごい作品」をつくることができると思うんです。舞台を観に行くときは、そういう「見たことのない世界」に出会えるのではないかという期待がいつもあります。

古舘

そこにかんしては、僕たちが頑張っているポイントだと感じます。今回の『ブリッジ』も、まさにそういった作品にしたいと思っていますし。僕個人のことで言うと、昨年SPAC(静岡県舞台芸術センター)の企画で『高き彼物』という作品を演出したとき、中高生の子たちがたくさん観に来てくれたんです。性的な要素も出てくる芝居だったので、伝わるかどうか不安だったんですが、ものすごく集中して観て、衝撃を受けてくれている感触がありました。「わかりにくいかも」と思っても、心配なく観てもらっていいんだな、と。

土井

本当にそうですよね。僕たちも意識していないと、すぐ「親切すぎる」つくり方をして、観ている人の想像力をスポイルしてしまいがちです。「わかりにくい」ということを、はじめからそんなに敬遠しなくてもいいのではないかと最近すごく思っています。
それにしても、若い頃に影響を受けた作品というのは、その後の人生でもずっと大事なものになりますよね。TBSのドラマだと、それこそ向田さんや山田太一さんの作品、久世光彦さんがつくられた『時間ですよ』『寺内貫太郎一家』『ムー一族』などは本当に好きでした。何年経っても誰かの心にずっと残っていくような、そんなドラマを自分も創っていけたらと思っています。

構成・文:宮田文久
写真:高野由香里