古舘寛治とgiftedたち

ゲスト:土井裕泰さん(TBS)

ゲスト:土井裕泰さん(TBS)

「『カルテット』は、観ている方の“想像力”に訴えかけたかった」

公開日:2017.6.9

古舘寛治の対談シリーズ第3弾は、『重版出来!』や『カルテット』を手掛け、『逃げるは恥だが役に立つ』にも参加したTBSの名物ディレクター、土井裕泰さん。今もっとも世間の心を掴んでいるドラマの名手は、意外にも「わかりにくさ」を大事にしているという。さらに、若き日に演劇に身を投じた“秘話”の数々も披露してくれた。

土井

古舘さんを前にしてこんなことを言うのは恐縮なんですが、だいたい身を持ち崩すじゃないですか……(笑)。当たり前の大学生活は送れないというか、「普通」から逸れてしまうことの恐怖みたいなものがあって。
でも一方で、そういうものに対して強い憧れもあったんです。もともとは広島にいて、映画とかもとても好きな高校生だったんですけれども、芝居も含めてなかなか観る機会はなかった。それが東京に出て来てみたら、ちょうど小劇場ブームの真っ只中。それこそ野田秀樹さんの「夢の遊民社」や、柄本明さんたちの「東京乾電池」、渡辺えり子さん率いる「劇団3○○(三重丸)」などがすごい時で。そういう演劇を浴びるように、たくさん観ていたんですね。
でも、自分がそれをやるのはちょっと無理かもな……と思って1年間普通に大学に通って、サークル活動なんかもやってたんですが、「当たり前」は自分にはあんまり面白くなかった。「俺、何にもないじゃん」と気づきまして。「えいっ!」って勢いで入っちゃったという感じなんです(笑)。

古舘

面白いですね! でも状況がゆるさないとはいえ、やりたくもないのに俳優をやる人って、あまりいないような気もするんですが……。

土井

いや、きっと、ちょっとやりたかったんです(笑)。先ほどの1年間の躊躇にもつながる話ですが、裏方なら“普通”でいられるかな、と心のどこかで思っていて、俳優になると普通でいられないのではないかと、どこかで一線を引いていた。でも同時に、そんな自分を一回壊したい、見たことない自分を見たいという衝動もあって。だから、自分のなかで少しばかりのアリバイをつくりつつ、役者もやっていたのだと思います。

古舘

実際にやってみて、「俺、意外とこのまま俳優やりたいかも」という気持ちにはならなかったんですか?

土井

すごく面白かったのは事実です。お客さんに受けたりするとやっぱり嬉しいですし……結局、学校には全然行かなくなりました(笑)。

古舘

やっぱり、自分が敬遠していた状況になっていったわけですね(笑)。

土井

演劇に打ち込んでいるという充実感もあったし、サブカルチャーみたいなもののはじっこにいる喜びもありました。でも、大学4年になって「この先どうするのか」向き合わなきゃいけない時がきて。その時はすぐに芝居をやめられなくて、わざと単位を落として、1年間留年をしたんです。

土井 画像

古舘

へえー!

土井

それで1年改めて演劇に向き合って、「自分には役者の才能がないな」と明確に自覚しました。演出家に「お前は客にウケたいだけで、役者じゃない」って言われたのも、すごく腑に落ちて(笑)とにかく一回ちゃんと自立しないと始まんない、かといって普通の会社に行くという発想もなくて、テレビ局でドラマの演出ができれば、自分のやりたいことを仕事としてできるのではという甘い考えで、大学5年の夏に初めて就職活動をしました。そうしたら、TBSだけが採ってくれたんですよ(笑)。

古舘

すごいですね! でも、学生時代に演出はしていたんですか?

土井

演出は1回しかやっていないです。後輩の新人公演は、必ず上の代が持ち回りで見るという慣習があったので、それだけですね。

古舘

それでもTBSに受かった時点で、ディレクターをやりたいと思っていた?

構成・文:宮田文久
写真:高野由香里