古舘寛治とgiftedたち

ゲスト:キムラ緑子さん

ゲスト:キムラ緑子さん

「古舘さん、どうしてそんな芝居になったの?」

公開日:2017.6.4

古舘寛治が今話したい才人(gifted)と語るシリーズ第二弾のゲストは、長年舞台に映画にと八面六臂の活躍を続け、近年も新たに脚光を浴びているキムラ緑子さん。古舘とはNHKの朝の連続テレビ小説『ごちそうさん』で共演し、昨年は古舘がキムラさんのパートナーであるマキノノゾミさんの戯曲を演出した、という縁を持つ。しかし、シリーズのホストとして張り切る古舘に対し、キムラさんが矢継ぎ早に鋭い質問を繰り出して、古舘がたじたじに……!?

緑子

すごく勉強になります。私は俳優として、何かにものすごく「なろう」とするタイプなんです。この春に立っていた舞台『フェードル』では、大竹しのぶさんの乳母の役だったんですが、自分の声から何から変えようとしますので。声域の低いほうしか、メインでは使いませんでした。

古舘

なるほど。

緑子

でも、古舘さんをはじめインパクトのある俳優さんたちは皆さん、「自分」の力というか……まず初めに「自分」がいる気がするんですよね。その上で、「自分」が誰かになるというか。正直言うと、そうした演技に対して以前の私だったら、「どうしてそんなに『自分』を押し出すことができるの?」って、ちょっと疑問を持っていたようなところがあるんです。それが近年、これは本当にすごいことかもしれない、って思い始めた。ですから今日も、ぜひ古舘さんにそこのところを伺いたいなと思って来ました。

古舘

うまく言葉にできるか自信はないんですが……。僕が20代の頃にニューヨークで学んだような、アメリカやヨーロッパ的な演技というのは、基本的に「演技していないように見える」ものを俳優は目指すんです。あれって演技じゃないよね、その人間にしか見えないよね、というところにいきたい。

緑子

それ自体は、私も目指すところは一緒ですね。

古舘

その上で、日本で「演技」と言う時に感じることがあるんです。日本だと、明らかに演技していると分かる状態が「演技」だと認知されているように思うことがよくある。僕はやっぱり、演技していないように見えたい。それはどういう状態かというと、自分が「表現」していない状態で、まさに今のように、相手に集中している状態です。ですから、緑子さんがガンガン質問してくると、もう翻弄されちゃう(笑)。でも、これが「生きている」状態ですし、舞台上でも常に翻弄されていたい。そうすると、「自分」でいるしかないんですよ。何かになっていたら、「作っている」わけですから、もう翻弄されない。

キムラ緑子さん 画像

緑子

何かに「なった」状態で翻弄されるというのはダメなんですか?

古舘

いいと思うんですが、それってすごく難しくて……。

緑子

私もそれは難しいと思います。

古舘

「振り」をしないことを目指している、とも言えるかもしれない。僕は単純にごまかしたくないというだけでして、緑子さんだって同じ事をやっていらっしゃるな、と思っていました。

緑子

やり方が違うだけなのかな。演技にかんして思っていることは一緒だけど、出てくるプロセスが違う、ということなのかもしれない。

古舘

やっていることの言語化が違うだけかな、という気もするんですけどね。僕から見ると緑子さんが演じていらっしゃる役柄は、すべてが何から何まで違うようには見えないです。

緑子

本当に!?(笑) それは嬉しいです! 以前に拝見した、サンプルの『蒲団と達磨』(2015年に岩松了作品を松井周が演出)の時も、古舘さんの演技は印象的でした。他の俳優さんたちも皆さん、力のある俳優さんばかりだなと思いました。

古舘

あれはどちらかというとストレートプレイに近い芝居でしたね。今回はまた違って、松井周の独特の世界観と、変態度が爆発した芝居をやるんですけど(笑)。

緑子

それはそれで楽しみです(笑)。

構成・文:宮田文久
写真:高野由香里