古舘寛治とgiftedたち

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ゲスト:夏帆さん

「お芝居は分からないことだらけ。でも楽しさが分かってきた」

公開日:2017.6.2

古舘寛治が、いまもっとも注目して、話を聞いてみたいと考える才人(gifted)たちと語る連載シリーズ。
その記念すべき第一弾は、女優として華々しい活躍を続ける夏帆さんがゲスト。
25歳と49歳、ふたまわりも年齢が離れた“異世代対談”は、二人の対照的な、しかし共に実直な生き方が交差する、心温まるものになった。

古舘

サンプルは2007年の『カロリーの消費』の時に劇団として独立したんですが、山下さんは前身の青年団若手自主企画時代からサンプルを観てくれていて、今回の『ブリッジ』公演ではトークゲストにも来ていただくんです。夏帆さんも、これまでに何度かサンプルの作品に足を運んでくださっていて。

夏帆

2013年の『地下室』再演のとき(「サンプル+青年団」名義)と、2015年の『蒲団と達磨』(岩松了作品を松井周が演出)の時ですね。舞台をいろいろ観始めたくらいの時期だったので、「こんな舞台もあるんだ!」と衝撃を受けて、とても面白かったです。

古舘

山下監督の『天然コケッコー』に出ていらしたということで、芸能人を全然知らない古舘としては(笑)、珍しくつながりというか、存在を意識させていただいていた方なんです。偶然に映画共演の打ち上げで知り合い、その後サンプルも見に来ていただいて、という流れなんですよね。それで今回の対談企画なんですが、僕が気になるクリエイターの方が、どうやってこの道に進まれて、どのように活動し、これからどうしていきたいかを聞く、というシリーズなんです。夏帆さんのデビューのエピソードは有名だと思うんですが、改めて伺えますか?

古舘寛治 画像

夏帆

小学校5年生の時、母と原宿を歩いていたらスカウトされました。当時はティーン誌やジュニアファッション誌がすごく流行っていた時代で、私も読んでいて。撮影の裏側みたいなオフショットがたくさん載っていて、楽しそうだなと思っていたんです。モデルとしてこの世界に入って、徐々にお芝居の仕事が増えていった、という感じなんですね。

古舘

それは僕からするとすごく興味があるんです。僕なんかは放っておいたら、誰も僕に芝居をしろと言ってこないんですよ。高校時代の進路相談で三者面談した時に「俳優になりたい」と言ったら、担任の教師に「ハア?」と言われたような人間なんで(笑)。だから、食えるようになったのも本当に最近ですし。夏帆さんのような、若い頃から周りが放っておかないというか、お芝居の世界が向こうから近づいてきたような方に、それが自分にとってどういう経験だったのか、すごく聞いてみたい。

夏帆

お芝居に関しては、誰に教わったというわけでもないので、未だによく分かっていないかもしれません。ある日「これだ!」と発見したつもりでも、翌日また現場に行ってみたら「あれ?」っていうことはよくありますので(笑)。一時期、ある現場が本当にキツくてしんどくて、「仕事を辞めたい」ということではなく、自分の問題として「もう続けられないかも……」と悩んだこともありましたし。特にお芝居を始めた頃は右も左も分からなかったんですが、そうしたなかでやはり山下監督の出会い、『天然コケッコー』という映画は特別な経験だったと思います。映画の現場がすごく好きになったんですね。本当に素敵な撮影でした。

古舘

それは、何がいいと思ったんですか?

夏帆

今思えば、とても贅沢な現場だったんですが、ものすごく時間をかけて撮ってくださったんです。夏に2週間、秋に1カ月、島根に行きました。そうしたゆったりした時間のなかで、山下さんがどこまでも丁寧に演出してくださって。それをスタッフのみなさんがまた、温かく見守ってくださっている雰囲気に満ちていました。夕方には撮影は終わっていましたし(笑)。共演した夏川結衣さんは、「こんな現場はなかなかなくて、10年に1本も出会わないくらい貴重。たぶん、あなたにとって宝物みたいな作品になる」とおっしゃってくださって。その時は言われたことがいまいちよく分かっていなかったんですが、今では本当に恵まれた現場だったんだなと思います。

古舘

思い返せば、『マイ・バック・ページ』もそんな感じでしたね。「え、一日でこれだけしか撮らないの?」というような珍しさ。日本映画は予算がないなかで、時間ギリギリまで撮影するという現場がどうしても多いですから。

夏帆

予算がないと撮影時間がタイトになって、どうしても一日の労働時間も長くなってしまって……と、いろんな問題が出てきやすいですもんね。

構成・文:宮田文久
写真:高野由香里