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TSUMARI

創作日誌 8/14 野村


なんとなく創作が動き出したような気がする。清津峡に入ったのが8/6だから、もう一週間以上経つ。ここまでだいぶ暗中模索、五里霧中というような感じで時間が過ぎていたのだけど、人が揃って、ワークショップをして、チームがポテンシャルを出し始めたということなのかもしれない。個々人がそれぞれ勝手に作品のための作業に蠢き始めた。

8/11に杉山至さん(舞台美術)、8/12に松井さんの公開ワークショップ、8/13にメンバーに向けて僕のワークショップを行った。
意外につながりが深いというか、「知覚」と「環境」をめぐってある道筋を行くような関連があった。
至さんのは、知覚を開くということ、そして、五感をクロスさせるということを扱い、松井さんは、知覚を開いて、身体と環境を引き金にして言葉を生み出す/着せ替えるというような感じのことを扱っていて、僕のは、あらかじめある知覚を疑って環境に働きかけるということ、そして、観る者にとっての見えが物語をつくるということを扱った。サンプルの作品づくりを共同で行なっていくにあたって、有用な実践が詰まったWSになった。

ワークショップでも焦点となったのが、生/素の環境と、フィクション/物語を被された環境というような部分。これがまさに「REVERSIBLE」な両面をつくるわけだ。
今回の作品づくりにとって、もっとも「生な環境」、それは「清津峡小学校」という場、建物、そして事実というか歴史というか、それがかつて存在した小学校であり、今は閉じられてしまっているということ。
この生の環境とうまく関係が取れるフィクションをかぶせることが、今回の作品にとって最後までこだわらなければいけない部分になる。

それはたぶん、がっちりとスクラムを組んだ物語ではいけないけれど、かといって、支離滅裂な断片でもいけない。
サンプルのクリエーションでは常に抱えることになる不安は、この、反転を可能にするフィクションの織りというか、網目の目の、きめ細やかさの加減、というか、生の素材を覆い尽くしはしない、粗い網目の粗さの調整だ。

そのために、もうちょっと考えるべきことがある/よく考えないといけないというのが現状かなと思っています。

(野村政之)