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TSUMARI

創作日誌8/8松井

僕もこれから創作日誌をこちらに書いていこうと思います。とりとめのないことを書き連ねていくとは思いますが、なるべく考えていることそのままを書いていくつもりなので、眺める感じで読んでいただけると幸いです。

清津峡小学校に入って三日目なので、まだ掃除と買い出しがメイン。これから作品の内容をどうするか具体的に決めていく段階。

今回の作品は「記憶って着せ替えられるのか?」というところから始まっている。
記憶は個人的なものだけど、「懐かしい」とか「あるある」という感覚は共有できるものだと思う。そういう時って一体何が起こっているんだろう?
自分の記憶を誰かの記憶と接続させた時に、記憶がミックスされて、なかったこともあったことになってしまったり、その逆も起こっているのだろうか?
でも一方で、久しく離れた場所に久しぶりに戻った時に襲われるような記憶は、とても個人的なものだと思う。けれど、それはやっぱり本当に自分の中の記憶なんだろうか?それとも、その場所から人を刺激する花粉のようなものが放出されていて、それに反応しているだけなんじゃないだろうか?
ちょっと飛躍するけど、演劇って、人が持っている「記憶」っぽい箇所(アレルギー物質の受容体のようなもの)を刺激する要素の連鎖で作られているような気がする。
その要素は何でできているのだろう。言葉なのか、人間なのか、においなのか、光なのか、手触りなのか、音なのか。
でも、そういう要素を集めて作ったフランケンシュタインのようなもの(蘇った寄せ集めの死体)と対面するのが演劇の醍醐味なのかもしれないと思って作業を進めようと思っている。